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2016年3月11日金曜日

ゲスの極み乙女。川谷君とベッキーについて。

ベッキーとの不倫について、不倫相手のゲスの極み乙女。の川谷絵音が
「誰に謝ればいいんだ」
と発言したことへのバッシングがすごい。

そのバッシングへの疑問を書きたいと思います。



「不倫は文化だ」と発言した石田純一はバカだと思います。

いや、文化ほどのものじゃないでしょ。
文化ってのちの時代まで残るべきものを言うんだから。

別に不倫を擁護したいわけではない。

不倫はめんどくさい結果を引き起こすものだから、
まっとうな大人だったらできるだけ避けるのが分別だと思います。


だけれども。


不倫は刑事犯罪ではない。

だから刑事事件を犯した人物であるかのように糾弾するのはそもそもおかしい。

プライヴェートな騒動にすぎないでしょ、と思う。

もちろんプライヴェートには、
配偶者に対して地獄を背負って対応すべきです。

でもそれを第三者が責めることの意味がわたしにはわからない。




この件についてマスコミから個人までの反応でおかしいと思う点を述べると。

そもそもマスコミが芸能人の不倫を大事件として扱う根拠は何なんだ、と思います。

政治家の異性関係を問題にするのは社会的な意味があると思う。

だって、異国のスパイの女性と関係を持って、
うっかり国家の情報を洩らしたりしたら国益にかかわりますから。

そうすると、

芸能人の不倫をマスコミが「事件」としてとりあげる根拠はなんなのでしょう。

「家族」というものは不可侵で保持すべきもので、不倫はそれを破壊する、

というくらいしか理屈を想像できません。

しかし統計的に言って、

まず結婚という形態を取り、長い期間夫婦を維持する、
というカップルのあり方自体がもはや少数派です。マイノリティです。

離婚率は圧倒的に高いし、もっと高くなると思う。

離婚の理由はさまざまだと思うけれど、
配偶者の不倫というのは理由の少数派ではないと思う。
要するに、不倫によって夫婦関係が破綻する、というのは珍しい話ではない。
社会的事実だということです。
その事実を肯定するか否定するかはもちろん個人の思想の問題。
でも個人の思想をあたかも社会的正義であるかのように主張することはどうかと思う。

マスコミが不倫を事件として報道するならば、

不倫という事件を通して
「夫婦とか家族とかはそもそも何なんだ」
という問題提起として扱うべきだと思います。
そのかぎりで事件として報道する公的な意味はあると思う。

だけれども。

そういう発想が今回の報道には(そして今までの不倫騒動の報道にも)見られない。
「夫婦という関係を破壊する行為は悪だ」
という前提をまったく疑っていない。

川谷君の発言はそういうマスコミ報道への根源的ないらだちを表現したものだとわたしは解してます。

そもそも不倫は公的に「謝罪」すべきことなのかどうか。
(言うまでもなく、配偶者に対して私的に謝罪すべき事ではあります)
わたしは川谷君と同様に「公的な謝罪」の問題ではないと思う。


おかしな点その2。


たとえば梅沢富美男の発言なんかが代表してる

「川谷は切れてる場合か。ベッキーが仕事を失った責任を感じるべきだ」
という主張(http://news.livedoor.com/article/detail/11280294/)。

わたしはこの主張は女性蔑視の典型だと思います。


だって、ベッキーは一人前の大人として不倫というややこしい道を選択したんでしょ。

十代の少女がいけない大人の男にだまされたわけじゃない。
ベッキーの自己決定をないがしろにするひどい主張だと思う。
「男が責任を取るべきだ」って発言は、要するに「女は責任をとらなくていい」、
ことばを換えれば、
「女は自己決定できないし責任も取れないし、それでよいのだ」
と言ってることじゃないんですか。

さらに。

不倫をしたことでベッキーの仕事を干した連中もおかしいと思います。
ちゃんと考えたのか。
家族の概念が揺らいでいる、そういう事態をていねいに追ったドキュメンタリー番組なんかを作っている放送局が、何の矛盾も感じずにベッキーを「悪事をなした人間」だとみなした。

いや、スポンサーの圧力があるでしょ、という言い分もあり得る。


でもスポンサーが「圧力」であること自体への疑問はあっていいと思う。

スポンサーの経済的援助がなければもちろんマスコミはなりたたない。
だけれども。
企業が自分の利益になるためにマスコミに金を出す、という発想自体、
少なくとも国際的には証明済みではない。

情報を正しく知ることが民主主義国家の第一条件です。

それを支えるために企業は金を出す。
なぜなら企業とは、私的利益を追求すべきなんだけど、でも同時に「社会の中での企業の責任」を果たすべき責任を負っている。
「金は出すけど口は出さない」
それが民主主義国家の企業のあるべき姿ではないのでしょうか。


そういう意識を持っているスポンサーが少なすぎるし、

マスコミも
「お金を出していただいて恐縮です」
という対応しかしていない。

「報道は社会的義務なんだ。それは経済効率を考えたら不可能だ。

そこを援助するのが民主主義国家の企業というもんでしょ」
そう堂々と主張すべきだと思います。

今回の不倫報道に、わたしは日本のマスメディアの根性なしを見ました。

川谷君、よくぞ言った。
(繰り返しますが、わたしは別に不倫を肯定してるわけじゃありません)




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