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2012年7月27日金曜日

産後ドゥーラ

7/26 毎日新聞朝刊に「注目集まる『産後ドゥーラ』」という特集記事が掲載された。

「産後ドゥーラ」とは、産後の母親が陥りがちな「産後うつ」等の問題に、助産師としてではない立場で、育児・家事などについて母親の相談に乗り、実質的な支援をする資格を指すらしい。ドゥーラ協会はそれを職業として確立することを目指している。

わたしは医療の門外漢だが、看護学部に所属しているから、母親が直面する産後うつ等の問題に支援が必要なことは理解しているつもりである。

「産後ドゥーラ」を育成する必要性と意図と善意はよくわかる。



その上であえて言わせてもらう。


産後「ドゥーラ」という呼び名は適切だろうか。

「ドゥーラ」という語は、育児分野に関してアメリカの人類学者 Dana Raphael が最初に用い、以後すでに「産後ドゥーラ」はある程度国際的に認知された用語となっているらしい(岸利江子 http://www.crn.or.jp/LIBRARY/EVENT/DOULA/kishi.html)。

わたしが問題にしたいのは「ドゥーラ」という呼び名だ。
毎日新聞の記事では「ギリシア語で『ほかの女性を助ける女性』」、ネットで検索すると「ほかの女性を助ける経験ある女性」などと説明されている。

それは無理じゃないだろうか。

ドゥーラは古代ギリシア語の「ドゥーレー」 δούλη に由来する現代ギリシア語である。
古代ギリシア語のドゥーレーは「女奴隷」である。
わたしは現代ギリシア語はたいしてできないが、少なくとも辞書的には
現代ギリシア語の「ドゥーラ」の意味は "maidservant"、要するに「女中」「下女」である。

かんちがいしないで欲しいのだが、
わたしは女中が卑しい職業だとは思わないし、古代ギリシアの「女奴隷」が「奴隷」であるがゆえに人品卑しかったとも思わない。

思わないのだが、
「ドゥーラ」というギリシア語に、上で言われる「ほかの女性を助ける女性」が含意している「対等の関係」を読み取るのは無理だと思う。

国際的に認知されている語であるかもしれないが、そのもともとの名づけ方そのものは、もとのギリシア語を理解していない、つまりはギリシア人に対してとても失礼なものだと思う。もし Dana Raphael さんがその名付け親だとすれば、彼女はギリシア語をわかっていなかったし、ちゃんと調べてもいなかったということです。


「いや、国際的に認知されているんだから、いいんじゃないの」と考えるあなた、
それは英語帝国主義に追随してることじゃないのですか。

上で紹介した岸利江子さんは、ギリシアでは、同じ制度を「ドゥーラ」とは呼ばず、別のことばで呼んでいると報告している。

ギリシア人、自国のことばへの他国の誤解にきちんと抵抗しているわけです。


目新しさで外国語を使うのはわからなくもないが、その際にはそのことばの由来と意味をきちんと調べた上で使うべきではないだろうか。

あえて言わせてもらえば、日本のドゥーラ協会はことばの帝国主義に鈍感だと思う。
日本独自の呼び名を考えてもよかったのではないでしょうか。ギリシアがそうしたように。


2012年7月19日木曜日

デヴィッド・ボウイとブライアン・フェリー


1 老いと歌

つくづく年のとり方は難しいと思う。
わたしは10代の頃から自分がどういう老人になるかを想像していた変な子でした。
実際に年をとってみるとその時の想像は当たっているところもあるし、外れているところもある。
今のところ当たっていたなと思うのは、
「『若さとは年齢じゃない。心が若ければいつまでも青春だ』というよくある年寄りの言いぐさは絶対に嘘だ」
という若い頃の直感です。
そういうことを言う老人、けっこう多いが、そう言う時点でもうぼけてると思う。嘘に決まってるでしょ。
難しいのは、とりあえず「枯れていく体と心を受け入れて『老い』に自然にフワリと着地する」のがいいんだろうとは思う一方で、「不自然にそれに抵抗する」ことにもそれなりの意味があるんじゃないかと思ったりする、そのかねあいですね。晩年の吉本隆明がそういうことを言っていた気がする。
それを言い換えると、「身体の滅びという自然」と「自然に抵抗する文化」の関係をどう考えるかということです。その答えはほんとうに難しい。「老い」の問題の本質ってそれしかないと思います。
「うーむ、若いわたしには縁のない話だ」と思ったあなた、
いずれあなたも直面することですから、鼻歌でも歌って距離をとりながら話につきあって下さいな。
そんなに深刻に考えているわけじゃない。日々はけっこうゆかいに過ぎていきます。
こういうむずかしい問題は観念的に考えるとロクなことはない。できるだけ具体的に考える方が健康的です。
最近、若い頃に浴びるほど聞いていた音楽をもう一度聴きなおしています。
「懐かしくなった」と言えばそうなんですけど、それだけではない気がします。
仕事をしなくなった未来の自分を想像します。たぶん、仕事の思い出は愉快なものじゃないと思う。どんなに社会的に有意義な仕事でも。
仕事の思い出はたぶん爺さんのわたしを救ってくれないだろうと思います。
今はそれなりに楽しく仕事をしてますけど。
男の年寄りに不機嫌な人が多いのはそういうことが原因だと思う。
じゃあ、不機嫌から解放されるためには、つまり、陽気なばか爺さんになるには、なにが必要なんだろうか、と想像します。
歌える歌があるということはそのひとつだろうなと思います。
歌詞もメロディーもしっかり覚えていて歌えるような歌をいくつ持っているかそれだってうんと年をとれば忘れてしまうんでしょうが、やっぱり歌えた方が幸せに決まっている。

考えたら意外に少ない。若い頃はあんなに音楽を聴いていたのに。
自分が好きだった歌を今もほんとうに好きだろうか。暗記しようと思うくらい好きだろうか。
若い頃聴いていた音楽を聴きなおしているのは、そういうことを確かめようとしている気がします。


2 デヴィッド・ボウイ

絶対的に好きな歌は覚えているからいい。エルトン・ジョンとか。
今は2番目、3番目くらいに好きだった音楽を確かめるように聴いています。
最近ではデヴィッド・ボウイとブライアン・フェリー。
たぶん活躍したのは同時期だと思う。イギリスのグラム・ロック。
若いときにレコードをけっこう買ったけれど所在不明。第一、プレーヤーがなくて聴けない。で、CDのベスト盤を聴いています。
ベスト盤は聴いていて疲れる、というのが感想です。
数十年にわたる音楽を順番に聴いていると、発表された時点で聴いたときには気づかなかった、それぞれの表現者のたどった道が見える。作品を通してその人の「人生」が見える。それはけっこう重いです。
疲れるけど新しい発見もあって興味深い。
デヴィッド・ボウイのベスト盤には、吉井和哉(イエロー・モンキー)と山崎洋一郎の割に長い対談が載っていて、これがなかなかよい。
ミュージシャンとしての吉井和哉は「うへー、心意気はわかるけどなんて詞が下手な人なんだ」というのが第一印象。でも「プライマル。」という曲で詞も歌もものすごく上手くなっていた。
下手だったのに上手くなる人はかならず批評能力がある人です。デヴィッド・ボウイを語る吉井和哉はその批評能力をいかんなく発揮していて感心しました。
読みながら「そう、そうなんだよ」と思わず独り言を言ってしまいました(内容はめんどくさいので紹介しません。興味ある人は読んでみて下さい)。
でも結論としては、デヴィッド・ボウイよりブライアン・フェリーの方が好きです。若いときとは逆。
デヴィッド・ボウイは初期の曲以外はまず歌えない。「フェイム」を口ずさんでる爺さんは気持ち悪いと思う。ま、英語の歌を口ずさんでる時点で気持ち悪いとは思うが。
今でも好きだけれど、基本的には「歌」ではなくて、バックの音と不可分に一体化した音楽だと思います。よっぽど才能がなければ、ひとりで歌ったとき「歌」にならない。


3 ブライアン・フェリー


で、ブライアン・フェリー。
「ロキシーミュージック」というバンドのヴォーカルだった人です。デヴィッド・ボウイが世紀末的な美形なのと対照的に、馬づらの間抜け顔です。一部では「セクシー」とか言われてましたが、わたしは断固まちがってると思います。
あろうことか、あの時代のロックなのにスーツにネクタイで歌ってた。
しかもそのスーツがヨレヨレ。若いときから姿が情けなかった。
歌も伝統的な基準から言うとヘタ。
でも好きでした。
わたしは「縦長の声」に弱い。きちんとした音楽の言い方はあるんでしょうが、わたしは「縦長の声」と呼んでます。
「平べったい声」はわかるでしょう? 
それと対照的な声。古すぎてわからないと思いますけど、スコット・ウォーカー(AKA スコット・エンゲル)とか、『ハートに火をつけて』(ドアーズ)のジム・モリソンとか。女性だったら元ユーリズミックスのアニー・レノックス。
日本人で自然にそういう声を出せる人はあまり思い当たらない。作った声に聞こえます。北方白人の肉の体積が大きい共鳴体じゃないと出ないような気がする声。
めんどくさい人は「クールでセクシーなやや低い声」くらいに思って下さい。
ブライアン・フェリーはロキシー・ミュージック時代にそういう声で歌ってました(デヴィッド・ボウイもそういう声です。もちろん同じじゃないですけど)。
曲と音が美しかった。失恋の歌が多かった。
イギリス文化の香りがしました。「アヴァロン」とか。
この場合の「イギリス文化」はどういうのかと言うと。
10代の頃に読んで、今でも印象に残っている雑誌の記事があります。
もう手元にないので、筆者も誰だかわかりません。
あるイギリスのジャズ・ベーシストが来日したときの記事。
筆者はレコードでその人のベースを聴いて
「なんでこんなにモワーッとしたはっきりしない音なんだろう。録音が悪いんじゃないだろうか」
と疑問に思っていた。実際の演奏を聴いたらレコードと同じ音だった。
そしてすばらしかった。
「そうか、これがこの人が出したい音なんだ」
とわかって、ベースの音に関する認識が変わったそうです。
家具とかツイードの服とか、一見すると地味で趣味がいいんだか悪いんだかわからないんだけど、でも、ジーッと見ているとものすごく味があっていい。
それがイギリス文化というものだ。
自動車評論家の徳大寺有恒がそんなことを言っていました(これも手元にない)。
ブライアン・フェリーの音もそんな感じのイギリス臭さがあります。
へなちょこロックなのに、いろんな音が入っていて、繰り返して聴くうちに、だんだんその複雑な音の揺らぎの重なり合いみたいなものの虜になってしまいます。
ドニゴール・ツイードの生地みたい(ドニゴールはアイルランドだけど)。
その一方でアメリカへの憧憬もありました。ボブ・ディランの曲をけっこうカバーしていて、それがボブ・ディランよりいい。ソロ・アルバム『フランティック』に入っている「くよくよするな」(Don’t Think Twice, It’s All Right) なんか絶品だと思います。

アメリカのジャズのスタンダードも歌っています。
アルバム『As Time Goes By~時の過ぎゆくままに』がそれ。

上に書いた「縦長の声」じゃなくて、ツイード生地みたいな味のある声で歌っています。このアルバムを聴いてわたしはブライアン・フェリーはほんとに歌がうまいんじゃないかと思いました。
「Miss Otis Regrets」という恐い内容の曲も、とても静かに歌っています。
夏休みにブライアン・フェリーの歌を覚えることにしよう。



(2016/1/11 追記
「デヴィッド・ボウイ追悼」をアップしました)

2012年7月15日日曜日

日本をインドにしてしまえ!


♫ インドでいちばん会いたい人はー
ラジャー、ラジャー、マハラジャー♪


というわけでインドカレー(チキン)。もう1000回近く作っていると思うので、わりと自信ある「魔法の料理」です。

ふつうのカレー(洋風カレー)との違いは、
小麦粉を使わないこと(「ハウス・ジャワカレー」などのカレールウには小麦粉が入っています)。そして煮るのではなく炒めて作る点。

若い頃はかなり凝って、ホールのスパイスを石臼で挽いたりしていましたが、今は手を抜けるところは抜いています。市販のガラム・マサラ(合わせ香料)も、カレー粉も使っています(もちろんカレールウではない)。
ブラインドで食べれば違いはわからん(と思う)。

味つけも、昔は豆鼓(トウチ)やら蝦醤(ハージャン)やらを加えて
「複雑な味」を目指していました。
最近は基本的には塩味で、適度な隠し味を加える程度の
「シンプルな味」が気に入っています。


インドカレーは油がかなり入った高カロリー食です。油が少ないとスパイスが死ぬので絶対にまずい。

だから、油を何にするかはかなり重要です。
ギーやらオリーブオイルやらいろいろ試した結果、ここ数年はグレープシード・オイルを使っています。


インドカレーの肝は辛さではなく香りだと思います。
辛くしたければカイエン・ペッパーをたくさん放り込めば簡単です。

ビンダルウ・ペースト
若い頃は酢漬けのハラペーニョを酒の肴にしていたくらい辛い物好きですが、わたしのカレーは「まあ辛い」くらい。家族が激辛苦手なので。

で、食べるときにわたしだけ朝岡スパイス株式会社の「ビンダルウ・ペースト」というやつを混ぜます。味わい深いインド風の辛みです。



スパイスは必要最低限の種類にしてあります。
割合は好みによるので、何度か作って加減して下さい。わたしはコリアンダー・シードを一番多く入れます。カルダモンはふつうの人より多めだと思います。


おいしく作るコツは、底の厚い鍋を使うこと
焦がさないように玉ネギとスパイスを炒めて、それでも少しずつ焦げていって、おいしいルーができていきます。底の薄い鍋だとそれがうまくいきません。


かならずエプロンをすること
カレー粉にはターメリックが入っています。「ウコン染め」に使うくらいですから服についたらカレー色が落ちません。



それから作ったあとで髪を洗うこと
香りの強いスパイスを大量に入れた鍋をのぞき込むので、
「カレーの皿が歩いてるのか!?」というくらい匂いがつきます。



できたてを食べるより、一晩置いた方がスパイス類がなじんで渾然一体の味になります。それで、2〜3食分の分量にしました。



インド風チキンカレーの作り方(8〜9皿分)

《材料》
タマネギ(大玉)  6~7 個
セロリ       1 本
ニンジン      1 本
トマトの水煮缶   1 缶
鶏腿肉(あれば骨つきブツ切り) 500~600g


米(できればタイ米)3合

ニンニク         2 片
ショウガ      4~5 片
プレーン・ヨーグルト  大さじ 2 杯くらい
「インディアン」の
カレー粉
乾燥トマト     2 枚(オイルづけじゃないもの。なくても可)

グレープシード・オイル  カップ1杯強
豆板醤       大さじ1杯
塩         適量(食卓塩ではなく、おいしい塩を                 使う)
隠し味       醤油、オイスター・ソース(控えめ                   に。なくても可)


《スパイス類》
カレー粉 (わたしは「インディアン」というメーカーのカレー粉を使っています。これだと大さじ山盛り2~3杯)


多いもの(大さじ1杯半) ガラム・マサラ(合わせ香料。なくても可)
            コリアンダー・シード、クミン・シード(ホールと粉)
やや多め(大さじ1杯)  カルダモン
中くらい(大さじ1杯弱) ナツメグ、シナモン、オールスパイス
控えめ(小さじ1杯)   クローブ、カイエン・ペッパー、黒胡椒
少量のハーブ       マージョラムまたはオレガノ


【1 材料を切る】
・ニンニクは縦半分に切って芽の部分を取り除いて薄切り。
・ショウガは針ショウガに。
わたしはショウガを洗って適当に切り分けて冷凍しておきます。半解凍の時に切ると細かく切りやすい。皮の部分が香りが強いので、わたしは皮をむきません。
当然色は悪くなるので、各自で判断してください。
・タマネギを薄切りにする。
・セロリを刻む。
わたしはセロリの葉と葉に近い部分を洗って保存袋に入れ、冷凍しておきます。凍ったまま、袋の上から手でつぶすとけっこう粉々になります。
・ニンジンはおろし金ですり下ろす。
当然ですが、鶏肉はかたまりの場合、切る。

【2 カレーソースを作る (1)】
厚手の鍋にグレープシード・オイルをカップ1杯入れて火をつける。
・ホールのクミン・シードを入れ、中火でクミンがはじけ始めたら、ニンニクすべてとショウガ1片分を入れる。
・油に香りが移ったなと思ったら、タマネギとセロリを入れ、中火で炒める。塩大さじ1 を振る。


【3 カレーソースを作る (2)】
・タマネギが透明になり、カサが減ったらスパイス類を入れ始める。少し火を弱める
・まずカレー粉。色が薄いので心配になるかもしれませんが大丈夫です。
スパイス類を加えてじっくり炒めるうちに色が濃くなります。
・混ぜながらスパイス類を投入していく。ガラム・マサラとカルダモンは上の分量の半分を使う。
・焦げつきやすいので鍋底をさらうように炒める。お玉ではなく、底をさらえるような形のものがやりやすい。油が足りないと思ったら、少しずつグレープシード・オイルを加える。


・色が濃くなったら(20~30分か?)ソースはほぼ完成。
・あ、米を炊くのを忘れないように!


【4 鶏肉を入れる】
・鶏肉を入れる。昔はフライパンで炒めてから入れていましたが、味の差が感じられないのと、めんどくさいのとでパックからそのまま入れています。ひどいときには冷凍のまま入れたりする。
「サンテティエンヌ」
おいしいラムです
・その代わり、と言っては何ですが、わたしはこのときラム酒を大さじ1杯加えます。透明な「ホワイト・ラム」ではなくて、飴色をした本格的なラムです。
今日はマルティニーク島のラム「サンテティエンヌ」を使いました。
(ラム酒を常備している人は少ないでしょうから材料表には入れませんでした。カレーのためにラム酒を買うのも変な話ですし。)
・鶏肉に火を通しながら、乾燥トマトを調理ハサミで切って入れる。豆板醤大さじ1を入れる。


【5 ソースをのばす】
・トマトの水煮缶を加える。空けた後の缶に水を半分入れて鍋に加える(缶を洗う手間が省ける)


・すり下ろしたニンジンを加える。
ニンジンは意外にデリケートな食材だと思います。
ミキサーで細かくしたのも、カレーソースを作る途中で入れたのも失敗。なぜかわかりませんがえらくまずくなります。ちゃんとすり下ろして、ソースをのばすときに入れないとだめなようです。

・水を加え、沸騰したら弱火。焦げつかないようにときどき鍋底からかき混ぜながら、味の調整をする。酸味が強すぎるようだったら、ヨーグルトを入れるのはやめる。
・鶏肉と野菜類で味はしっかり出ていると思います。中華ガラスープの素を小量入れてもいいですが、わたしはいい塩だけの味の方がおいしいと思います。
ほぼ完成
・物足りなければ、隠し味の醤油・オイスター・ソースを控えめに入れる。
でも味つけの基本は塩です。


【6 仕上げ】
米が炊けたら、カレー鍋にガラム・マサラとカルダモンの残りの分量を入れてひと混ぜする。
・皿に盛ったら、ショウガを上にのせて完成。
福神漬けは合わない。ラッキョウのみじん切りは合います。
・デザートは、プレーン・ヨーグルトに蜂蜜とカルダモンを混ぜたもの。マハラジャ気分になれます。♫ ラジャー、ラジャー、マハラジャー♪

2012年7月8日日曜日

乾燥トマト(とアスパラガス)のペペロンチーノ


ペペロンチーノ、定番です。
YouTubeで、サルヴァトーレ・クオモさん(だと思うんですが)のすばらしい「アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ」を見ることができます。

今さら屋上屋を重ねても、とは思いますが、
わたしなりのちょっとした特徴がありますので紹介します。

アスパラガスを(    )に入れたのは、なくていいから。
冷蔵庫の処理をしなければならないのでそのつど変更を余儀なくされます。
そこがプロと違うところ。
アスパラガスの部分は無視してかまいません。

古代ローマにはガルムと呼ばれる魚醤がありました。
『テルマエ・ロマエ』でも言及されてます。

現在のイタリアにも魚醤を使い続ける地方があります。
わたしのペペロンチーノは、塩とともにナンプラーを使います。


ペペロンチーノはシンプルだけどむずかしい。
フライパンにオイルと水分がほとんど残らないのを目指すのですが。



乾燥トマト(とアスパラガス)のペペロンチーノの
作り方(2人分)

《材料》
パスタ (1.6mm)  200g

ニンニク     1.5片
小口切りのトウガラシ 適量
パセリ      1本
(アスパラガス  1束)
乾燥トマト    5枚(わたしはオイルづけじゃないのを使います)

EVオリーブオイル 適量
ナンプラー    適量(大さじ1杯半? 量ったことありません。好みで)
塩        適量(食卓塩ではなく、おいしい塩を使う)


【1 材料を切る】
・ニンニクは縦半分に切って芽の部分を取り除いて薄切りに。パセリはみじん切り(わたしはたくさんみじん切りにして、ラップで小分けに包んで冷凍しておきます)。

・(アスパラガスは根元の固い皮をそいで、長いかたちに切る)

・乾燥トマトは調理バサミで切っておく。

【2 ソースを作る (1)】
フライパンにオリーブオイルを入れ、弱火でニンニクを炒める。くれぐれも焦がさないように。
パスタを投入するまでずっと弱火です。
・ニンニクが白くなったらトウガラシを入れる。(乾燥トマトがオイルづけの場合はここで入れる)

【3 パスタを茹でる】
・ニンニクに火が通った頃に、多めの塩を入れた湯でパスタを茹ではじめる。袋に指定された時間より1分短く。
・(パスタが茹で上がる2分ちょっと前にアスパラガスを投入)


【4 ソースを作る (2)】
・パスタが茹で上がる2分前に、パスタの茹で汁をお玉で一杯と乾燥トマトを入れる。フライパンを揺すってオリーブオイルと湯分をなじませる
・塩ひとつまみとナンプラーですばやく味つけ。やや強めの味つけでいいと思います。
・パセリを入れてフライパンを揺すり、パスタの茹で上がりを待つ。

【5 パスタをソースであえる】
茹で上がったパスタ(とアスパラガス)をしっかり湯切りして、ソースに投入。強火にする。
フライパンをあおる。またはトングでパスタをつかんで激しくかき混ぜる
ソースをしっかりパスタに食い込ませるためです。この間にパスタが程よい固さになります。
完成