いつぞや、いわゆる「政治的に正しい politically correct」表現が話題になったとき、居あわせた英語の先生が「ほんとに神経使うのよ。history は his story だからよくないとかね」と言った。
わたしはてっきりジョークだと思ったのだがそうではないらしい雰囲気だった。それきりあまり気にしていなかったのだが、学生の一人からひょんな折に「わたし、高校の英語の先生から history は his story だから男性上位の単語なんだって教わりました」と言われてはじめて、これが少なくとも一部で流布している考えなのだと思いいたった。
これは由々しき(あるいは喜劇的な)事態だ。
ヘロドロス(松平千秋訳) 『歴史』全3冊、岩波文庫 |
ヘロドトスは前5世紀のペルシア戦争の歴史を記述した『歴史(ヒストリエー)』の作者だ。この書名は、ヘロドトスが冒頭で、この本は過去に起きたペルシア戦争という大きな事績の「探求(ヒストリエー)」である、と述べているのに由来する。だからふつう訳されているように『歴史』と訳してもいいし、もともとの意味に忠実に『探求』と訳したっていい。
ともかく、ヘロドトスの『歴史』によってヨーロッパの歴史記述は始まった。
世界史の教科書には、ヘロドトスが「歴史の父」であると書いてある。その意味は、彼の『歴史』という書物がヨーロッパで最古の歴史叙述であるというだけでなく、ヘロドトスが欧米語の「歴史」(英語だと history)という単語そのものを生み出した「父」でもあるということだ。
再度言っておくと英語の history の語源はギリシア語の「ヒストリエー」であって、his は「彼の」ではなくギリシア語「探求」の一部分でしかない。
だから「history は his story だから男性上位の単語だ」と言うのは
「カレーライスは『彼ライス』だから男性上位のイデオロギーを表す単語だ」というのと同じレベルのだじゃれでしかない。語源学的にまったく根拠のない妄言である。
英和中辞典の history を見れば語源がギリシア語の「探求」だということはちゃんと書いてある。妄言を授業で教える英語教師は辞書を見ることさえしていないのだろう。
(2015/2/9付記)
アクセス数が多い投稿なので、文を少しわかりやすく編集しました。内容の変更はまったくありません。
(2015/2/9付記)
アクセス数が多い投稿なので、文を少しわかりやすく編集しました。内容の変更はまったくありません。
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