ダムラというフルーツ味のソフトキャンディーがあります。甘さが適度でおいしい。
それからロクム。
英語では「ターキッシュ・ディライト(Turkish Delight)」。「トルコの喜び」という意味です。
デンプンと砂糖を固めた「ゆべし」のようなもっちりしたお菓子。
いろんな風味をつけたものがありますが、
わたしはピスタチオやバラが好み。
C.S.ルイス『ナルニア国物語』の第1部『ライオンと魔女』で、
おいしくってやめられない恐ろしい「プリン」を、魔女がエドマンドに与える場面があります。
中学生のときに読んで
「『恐ろしいお菓子』というものがあるんだ!」と、いたく印象に残りました。
その「プリン」、英語原典ではなんと Turkish Delight!
訳者の瀬田貞二は、日本ではなじみのない「ターキッシュ・ディライト」ではわかりにくいと考えて「プリン」にしたのだと思います。
イギリスでは19世紀にこの菓子が知られていたようですが、
おそらく瀬田貞二は食べたことがなかったのではないでしょうか。
瀬田貞二は Puddleglum を「泥足にがえもん」と訳した手練れの翻訳者です。
食べたことがあれば「ゆべし」と訳したかもしれません。
少なくとも「プリン」にはしなかったと思う。
お菓子だけでなく、トルコが好きです。
トルコも日本が好きです。
1890年、オスマン帝国海軍のエルトゥールル号が和歌山県沖で難破して500名以上の死者を出したとき、串本町の住民は悪天候の中でトルコ船員たちの救助にあたり、なけなしの食料を惜しみなく与えて69名を救いました。
トルコの親日はこれがきっかけだとされています。
江頭2:50がトルコの公演で全裸になったとき、
イスラム教徒の観客は激怒しました。
観客のひとりがインタビューに答えて
「江頭は日本人だったからよかったのだ。日本人でなければ観客に殺されていた」
と言っていました。
(そのあとの江頭2:50の反省のことばはとても真摯なものでした)
トルコに行くと、そういうことを少し意識してしまいます。
恥ずかしいことはできない。
数年前、学生を引率してトルコに行きました。
イズミール空港からイスタンブールに向かう夜の機中でのことです。
乗客が少なく、後ろの座席がガラ空きだったので、
わたしの隣に座っていた学生が
「疲れているので後ろの席で横になります」
と席を立った。
3人掛けの席の真ん中にわたし。
窓側に若くてものすごい美人のトルコ人女性。
黒いミニドレス。香水が濃厚に香る。
当然、気になります。
水商売なんだろうか?
(そもそもイスラム文化圏の水商売って社会的にどういう存在なんだか想像しにくい)。
素人だとしたら、イスラム文化圏でこんな格好していいのか?
いやいや、トルコはイスラムの規律がゆるやかだからありなのかな?
こんなとき、けっこう気をつかいます。
「学生がいなくなった席に移って距離を取った方がいいのか?
いや、それでは逆に失礼かもしれない。
この国のエチケットではどっちなんだ?」
結局、席は移動しないことにしました。
イスタンブールは荒れ模様で、飛行機は1時間以上、上空で旋回待機させされました。
揺れる。
隣の女性は、ときどきブラインドを上げて窓の外を見る。
たぶん暗闇で何も見えないと思うのですが。
ようやく飛行機が降下し始めました。
女性は、バシャッ、バシャッと激しく音を立てていっそう頻繁にブラインドを上げ下げする。
「怖いんだろうけど、それにしてもこの落ち着きのなさは尋常じゃないなーー」
と思いました。
激しく揺れながら降下が続きます。
突然、
隣の女性がわたしの上腕に両手でしがみついてきました。
もう、爪が食い込むくらいの力で。
よっぽど怖かったのでしょう。
わたしは驚きながらも、
「うーーーむ、ここは日本男児としてみっともない態度はとれない」
と思いまして、しがみついている女性の手を軽く上からたたきながら
「大丈夫である。飛行機には何の問題もない。安心しなさい」
と英語で言いました。香水の香りに包まれながら。
滑走路で停止するまで、女性はわたしの腕にしがみついたままでした。
女性は荷物をとって先に通路に出ました。
ちょっと行ったところでふりかえり、
にっこり笑ってウィンクをしてきました。
わたしもとっさにウィンクを返しました。
記憶に残る思い出です。
これも「ターキッシュ・ディライト」。
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