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2020年12月2日水曜日

一夜の夢——『相棒』Season19

 (ネタバレあり。注意)


与党幹事長の娘小早川奈穂美に強引に結婚を迫るキャバクラの客引き宇野健介、
右京と亘はその場面に偶然いきあわせる。
ほどなく小早川奈穂美の婚約者星宮光一が刺殺され、
宇野に容疑がかかるが彼にはアリバイがある。

宇野は奈穂美の携帯から小早川親子の弱みを手にしていたらしい。
しかし宇野は金ではなく奈穂美との結婚を迫る。
小早川幹事長もそれを認めざるをえない。

なぜ宇野は奈穂美との結婚にこだわるのか?
右京と亘がその謎に迫る。

ストーリーはそういうものです。


よくできている。
宇野の屈折した半生とその心理もよく描かれているし、宇野を演じる柏原収史は宇野にリアリティを与えていると思う。

しかし救いがない。
救いのなさを右京の最後の表情があらわしている。
あえて救いを与えずにショッキングなエンディングにしたのは脚本家の思い切りだとは思う。


だけれども。
このエピソードに限定せずにシーズン19のこれまでをふりかえると、二つの点で息苦しい。

ひとつ目は文化がない
コーヒーセレモニーや、時計や、服や、
そういう文化の産物が持っている深い遊びが『相棒』の大きな魅力だったのにどうしたんだ?
「三文芝居」はシェークスピアを使ってたんじゃないかだって?
「人生は舞台だ」なんて誰でも知っているいちばん有名な台詞で、それがさも意味ありげに引用された時点でお里が知れる。

もう一方で、外国人労働者が置かれている過酷な状況など
現在の社会問題への優れた批評意識と怒りに満ちたエピソードも立派だった。

この2点は、他の刑事物の追随を許さない『相棒』の魅力だったと思う。

 
今回の宇野の半生にしても、もっと俯瞰した視点から描けば宇野の屈折が深まったと思います。
社会的な視点への広がりがない。

宇野みたいな救いのなさをかかえてる(「宇野は他人事じゃない」と思う)人はいっぱいいると思う。
そういう人に何を言えるのか。
その覚悟が足りないと思いました。
宇野個人のキャラクターで終わらせてしまった。
救いのなさはそれだと思います。

文化と社会。
『相棒』、そこに力を入れろよ。
そうじゃないと他の刑事ものを圧倒できないぞ。
(『MIU404』とか『朝顔』とかね)


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