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2026年3月27日金曜日

こうなった『ラムネモンキー』

(承前/ネタバレあり) 

『ラムネモンキー』完結。

前回の投稿「どうなる? 『ラムネモンキー』」で、結末に向けて次の三つが気になると書きました。

その1
贈賄事件について兄はユンに「罪を認めて情状酌量・和解を求めたほうがお前にも会社にも得になる。そうしろ」と言ってきた。ユンはとりあえず納得しているのだが、田辺町の過去と兄のつながりが明らかになった今、ユンは裁判にどうのぞむのか?

その2
キンポーは認知症の母の訪問介護に来ているシングルマザー三島ひろ子に紳士的な恋心を抱いている。彼女がマチルダの娘らしいことは顔を見ればわかります。二人はどうなるんだろう?

その3
3人組がマチルダと交わした「約束」は何だったのか?
スティーブン・キング『IT(イット)』でも最後の山場は過去の約束の場面でした。
「ラムネモンキー」は、「約束」を通じて『IT(イット)』にどんな応答をするのだろう?

で、どうなったか?


1. 「その1」について

前回までに、3人組はマチルダ殺害の実行犯がチンピラ「アホの八郎」と暴力団員である竿竹屋であり、その背後に田辺町再開発計画をすすめる力があることを突き止めます。しかしアホの八郎は「証拠がないだろう。ざまあみろ」と嘲笑う。

また、マチルダの過去もようやく明らかになります。白馬(はくば)のSNSを見てマチルダの元夫が連絡してくる。元夫のもとを訪れた3人は、中学に来るまでのマチルダの過去をはじめて知ります。

マチルダは子供を生んだが、子供は幼くして死んでしまう。悲しみに暮れるマチルダと元夫は離婚した。

元夫は、マチルダから最後に来たハガキを見せてくれる。そこには、

 「元気です」そして「キレイに生きたい」とあった。

田辺町開発計画の推進者たちは、開発計画の闇を知ったマチルダを買収しようとするがマチルダは拒絶。それが原因でマチルダは殺害された。


1988年の事件の全貌をほぼつかんだ3人組は、当時の田辺町再開発計画の黒幕であり、現在 (2025年) のユンの「贈賄事件」の賄賂を受け取った人物でもある国会議員・加賀見六郎のもとを訪れ、問い詰めます。

加賀見を演じるのはおちゃらけ高田純次。どれだけ悪辣さを出せるのだろうと危惧していたのですがなかなか良かった。

3人組を迎え入れる加賀見はプリンを食べている。ニコニコと「これ、ほんとにおいしいんですよ」と言いながら3人組を恫喝する。

チェンが監督をする伝記映画の主人公・成り金社長は自分の知り合いだからお前を監督から干すのは簡単だ。キンポーの母の介護に来ている三島ひろ子はわたしの声一つで来られなくできる。ユンと西野白馬にもそれぞれへの恫喝をにこやかに伝える。

そして「よかったら食べてください」とお土産にプリンを渡す。

集合場所である「ガンダーラ珈琲」に集まった3人組と西野白馬は、それぞれ加賀見からもらったプリンを持ってきている。

白馬が「毒まんじゅうですね」とみごとに言い当てる。食べれば恫喝を受け入れることになる。4人はプリンを前に思いまどう。

予想外の展開。

突如アホの八郎があらわれ、4人を嘲笑してすべてのプリンをかっさらってゆく。結果として4人は毒まんじゅうを食べなかった(加賀見の恫喝を拒絶した)ことになります。そしてこれが大団円への伏線にもなっている。


ユンは裁判で正面から戦い、収賄した加賀見を道連れにする決意をします。「大変だぞ。家族をどうする」と心配するチェンに、ユンは「なんとか説得するさ」と自信なさげに答える。

のですが。

裁判で争う決意だ、だから離婚に応じるつもりだ、と切り出したユンに、妻絵美(えみ)は全面支援すると言う。娘の綾(あや)も。

この家族回復には伏線がありました。

身元不明扱いのマチルダの骨をユンは引き取って段ボール箱に入れていたのですが、マチルダ失踪の謎をどうしても解こうするユンに、絵美は「いいんじゃないの。その骨はきっとなにかをあなたに伝えようとしてるんだから」と言います。

過去を探り始めたことでユンは変わりはじめた。生き生きしはじめた。

絵美も綾も(最終回までは)はっきりそうは言わないのだけれど、そういうユンの変化が家族回復につながっていく。最終回に向かうにつれて、絵美と綾の顔が明らかに生き生きと美しくなっていきます。


2. 「その2」について


訪問介護師の三島ひろ子がマチルダの娘だ、という予測は大外れ。
でも、三島の顔がマチルダに似ているのは事実。キンポーは、たぶん自分ではきづいていないけれど、三島にマチルダの面影を見ているんだと思います。


3. 「その3」について


ユンは裁判で有罪判決を受けて懲役刑に服することになるが、それによって加賀見も逮捕される。見事に道連れにしたわけです。チェンも加賀見の恫喝に応じず、成り金社長の伝記映画の監督を降りる。二人はマチルダの「キレイに生きたい」ということばに背中を押されたのだと思う。

キンポーは加賀見の圧力を考慮して三島の訪問介護を断っていたのだが、それが杞憂に過ぎなかったことを知ります。三島が訪れてきて「どうしてわたしを呼んでくれないんだ」と言います。どうやら逮捕によって加賀見の恫喝は効果を発揮できなかったようです。キンポーのおずおずとしたデートの申込みに三島は喜んで応じます。


3人組と西野白馬は「ガンダーラ珈琲」で最後の(つもりの)会合を開く。

そして3人はマチルダとの最後の約束をようやく思い出す。

映画『炭酸拳 (ラムネモンキー)』の登場人物たちみたいに、君たちは自分より強い悪に立ち向かう気持ちがあるか。マチルダの問いに「あります」と答えた3人に、マチルダは言います。

「君たちがこれから生きていく社会は厳しいし辛いことだらけだ。でも、今の気持ちを心の片隅に残しておくことを約束して」「そして映画を完成させて」と。

田辺町を見下ろす丘の上での約束。このときおそらくマチルダは自分が殺されるだろうことを知っています。にっこり笑って去っていくマチルダ。

いちばん大事な約束を忘れてしまった少年たち。
でも3人ともマチルダ失踪の謎を解く過程で、実はマチルダとの約束を果たしてきていたのです。あの時みたいに「キレイに生きる」自分を取り戻すことで。

忘れてしまった約束。そして数十年後の約束の履行。

『ラムネモンキー』は、ひねりを加えながらスティーブン・キング『IT』に見事に応答しています。

4. 大団円


上の「ガンダーラ珈琲」の会合で、キンポーはとんでもない真実を明かしていました。

3人がマチルダ失踪の謎解きに乗り出すきっかけになった骨とボールペン。
あれは自分がネットで集めて現場に置いたものなんだ、と。

え、えーーっ!

3人の捜査がきっかけで、田辺町警察の鶴見はアホの八郎のマチルダ殺人を立証すべくようやく動き始めています。台無しじゃないか。

「だってそうでもしないと君たちは田辺町に来てくれないと思ったから」
テヘヘというキュートな表情でキンポーは言います。


ユンが刑務所に収監される前日、大どんでん返しが始まる
ストーリーは三つの軸で進みます。

1つ目は。

キンポーが「大変だ!すぐに田辺町に来てくれ」と電話をしてくる。

キンポーの認知症の母が、突然1988年マチルダ殺害の日の「秘密の段取り」を思い出して語りはじめた。

かけつけたユンとチェンに語った「秘密の段取り」とは。

3人組の親たちは開発推進グループに丸め込まれたかに見える。しかしマチルダ殺害計画を知ったとき(なぜ知ったのかは2つ目のストーリーの軸から明らかになります。おそらくアホの八郎から告げられたのです)、親たちはマチルダを救う段取りを考えます。

薬で眠らされ、重りの石を詰められた袋に入れられ、沼に沈められたマチルダを潜水具をつけて救い出し、その後の悪の追求から逃れさせるために新しい身分証を準備しておくという段取り。

段取りどおりにマチルダは救い出される。

キンポーの母の話を信じられない3人に白馬が爆発します。「これを信じられないなら、今までやってきたことは何なの?」と。


2つ目は、鶴見のアホの八郎捜査。
驚くことに、アホの八郎は暴力団の潜入捜査をする刑事で今もそれを続けている。
「お前もやってみないか?」とアホの八郎は鶴見を誘う。


3つ目は。
ユンの家の絵美と綾。ソファーに腰掛けて「これ面白いのよねー」と仲良く漫画を読む二人。
漫画の表紙がアップになります。
表紙の女の子が、これまで何度か出てきたマチルダが描く絵そのもの。作者の名は「マチャー」!


田辺町を見下ろすあの高台で、3人組はマチルダとのもう一つの約束を果たそうとします。
『炭酸拳』の最期の場面を撮影して完成させること。中年男たちのカンフー活劇が始まります。


「キレイに生きよう」としたマチルダ。マチルダによってすばらしい時間を持った少年たち。
忘れてしまったその時間が時を経て取り戻され、3人組はキレイに生きる力を取り戻す。
そしてそれを見てきた若い白馬も社会でキレイに生きていく決意をする。

軽妙だけれど、切なくて美しいドラマです。

そしてすばらしい最後の数秒。こればかりはネタバレできません。



2026年3月21日土曜日

どうなる? 「リブート」

(ネタバレあり)

サスペンスに満ちたTBSのドラマ「リブート」、結末が近い。

鈴木亮平の二役で話題になったが、脚本そのものの質が高いと思う。


家族経営のケーキ屋のパティシエ早瀬陸は、妻殺しの容疑者になる。

妻夏美は、行き場のない子どもたちの保護施設「しぇるたー」にケーキを届けて支援する「善意の人」の裏側で、闇のバンカーのリーダー合六 (ごうろく)の組織の一員。早瀬陸はそのことをまったく知らなかった。

さらに夏美は、合六組織の金を、これまた合六組織の一員である悪徳刑事・儀堂 (ぎどう)と共謀してくすねていたらしい。夏美は殺され、儀堂 (ぎどう)は夫の早瀬陸をその犯人として捜査していたが、彼もまた殺される (実は殺されてないのだけど)。

身に覚えのない妻殺しで指名手配された早瀬を、合六組織の一員である幸後一香 (こうごいちか) は、なぜか、整形手術で儀堂 (ぎどう)そっくりに再生 (リブート)させ、刑事儀堂になり変わらせる (だから鈴木亮平の二役)。

刑事儀堂になりすました早瀬陸は、合六組織内部で (彼はその一員だったので)妻殺しの真犯人を突き止めてなんとかして家族のもとへ帰る (=パティシエに戻る)ことを目指す。早瀬と妻を失ったケーキ屋を支えているのは、体を壊している老母と早瀬の息子だけだから。

儀堂=早瀬は、真意をはかりがたい一香(いちか)と組むことにする。

一香は難病の妹を抱えていて、海外で妹に治療を受けさせるために多額の金を必要としている。家族の苦難を打開するという一点で、儀堂=早瀬と一香は組んだ。

しかし、儀堂=早瀬の探索は一筋縄ではいかない。一香の言動は謎めいている。

あろうことか、殺されたはずの本物儀堂が生きていた!!


複雑なストーリーの大枠は以上のようなものでしょうか。


その大枠自体がサスペンスに満ちているんだけれど、闇のバンカー合六(ごうろく)とその組織がほんとに恐ろしい。

サスペンス物のできを左右するのは悪役。

同時期に放映されていたテレ朝の「おコメの女」がつまらなかったのは、どの悪役もちんけな小物だったから(唯一の見どころは毎回出てくる日本酒だけ。初回に「花巴」が出てきたのには「おっ! やるじゃないか」と思いました。)。

「リブート」の、とりわけ前半の合六の非情はほんとに恐ろしい

裏切り者だと確信すると、クールな表情で見事な料理をつくって「冷めないうちに召し上がってください」と差し出す。料理で引導を渡すわけです。悪徳弁護士海江田にオマール海老(だったと思います。伊勢海老?)を振る舞う場面は、直後に、それまではほんとにしたたかだった海江田が恐怖の表情で引き立てられていく名演技と相まって秀逸でした。

その合六は、儀堂がリブートされた早瀬であることをまだ知らない。

儀堂の正体がいつばれるのか? それが前半のサスペンス。サスペンスのひとつの舞台 (場) が早瀬のケーキ屋です。

老いの体でひとり店を支える母。そして早瀬の小学生の息子拓海 (たくみ)

儀堂=早瀬は店を訪れては(当然ですが正体を明かさずに)家族を見守り、ケーキ好きの客としてレシピのアドバイスをする。あろうことか、本物儀堂の妻、麻友もケーキ屋の常連となり店の手伝いをし始める(さらには一香まで店に出入りし始める)!

麻友は、本物儀堂が合六組織の一員であることを知らなかった。だがふとした瞬間に儀堂=早瀬に抱きついたとき本物儀堂ではないことに気づく。問い詰められた儀堂=早瀬は、自分が早瀬であること、本物儀堂が悪徳刑事であり、殺された(ほんとは殺されてないのだけど)ことを麻友に明かす。


本物儀堂の登場によってサスペンスはさらに加速します。


本物儀堂は合六組織の金庫番・一香を脅して、合六の100億以上の金を奪った(つもりだった。ここが「リブート」のストーリーの複雑さ)。 

怒った合六に問い詰められた儀堂=早瀬はついに自分がリブートされた早瀬であることを明かす。

合六の前に本物儀堂が連行される。二人の「儀堂」!!

ここで本物儀堂が予想外の行動を取る。早瀬ではなく、自分が合六に殺される選択をするのです。そして妻麻友を守ることを儀堂=早瀬に託して、(ようやく)ほんとうに殺される。

実は100億の金を奪ったのは一香。彼女は本物儀堂を欺いて金を手に入れていた。


前回までのストーリーの枝葉を省きに省いたのがわたしなりの上の要約です。わかるように伝えられたでしょうか? どんでん返しのどんでん返しの連続。


で。前回。さらなる圧倒的などんでん返し。


一香は、リブートされた儀堂=早瀬の妻・夏美だった!!

この大どんでん返しは、しかし、

「どうだ。ここまでは予想できなかっただろう?」というケレン味のどんでん返しではありません。

そうではなくて、これまでの展開をまったく違う視点からふり返らせるような、そしてふり返ったときに一香の深みに気づかせるような、そういうどんでん返しだと思います。

本物一香は、夏美の整形手術と一香になり変わるための教育を終えたときに、合六の部下たちに殺されます。

一香=夏美だと知ったとき、わたしたちはそれまでの謎と矛盾に満ちて見えた彼女の言行をはじめて理解します。


回想場面で示される、疲れ果ててベッドで寝入った儀堂=早瀬の傍らに一香が寄り添う場面。

そして難病を抱える妹に、にせ一香であるのに「ほんとうの姉」として接してきた夏美。100億の金を合六からくすねたのも妹に治療を受けされるため。夏美は、本物一香の死を引き受けて行動してきたのです。そのことにわたしたちは打たれる。


合六の部下たちに追われる一香は絶体絶命。

ビルの上階でぶら下がる一香の手を儀堂=早瀬はつかんで引き上げる。セリフは一切ありませんが、この瞬間に儀堂=早瀬は一香が妻夏美であることを最終的に確信します(抱きついた瞬間に麻友がにせ儀堂であることを確信したように)。

引き上げられた一香は、「なぜ助けた。そんな甘さではわたしがいなくなったあと生き延びられないぞ」と言い残して立ち去る。


儀堂=早瀬は、これまでの謎めいていた一香の行動を理解したのだと思う。

だとすると。

儀堂=早瀬もまた、本物儀堂の死を引き受けて行動するのではないだろうか。それはどのような行動だろう?


2026年3月18日水曜日

どうなる?『ラムネモンキー』

フジテレビ『ラムネモンキー』、今夜の最終話を残すのみになりました。 
初回から毎回、予想もつかない展開。 物語は二つの時間軸に沿って進みます。 

 1988年
   舞台は神奈川県田辺町の中学校。映画研究部の3人の男子、
  「ユン」=吉井雄太「チェン」=藤巻肇(はじめ)、「キンポー」=菊原紀介(きすけ)の3人組は、 
  レンタルビデオ店の奥部屋を部室にしてカンフー映画を製作している。
  美術の臨時教師「マチルダ」=宮下未散(みやしたみちる)が彼らを見守る。

2025年
  51歳になった3人はそれぞれの人生を歩んでいる。
  
  ユンは兄吉井健人が取締役を務める「田澤物産」の営業部長だったが、身に覚えのない
  贈賄事件の被告として裁判を待つ身。事件はマスコミでも報じられ、
  妻と高校生の娘との関係は崩壊寸前になっている。

  チェンは夢だった映画監督になったものの、今は泣かず飛ばず。
  糊口をしのぐために鼻持ちならない成り金社長の伝記映画を製作せざるを得ない。

  一人故郷に残ったキンポーは漫画家になる夢を諦めて、家業の小さな理髪店を
  継いでいる。女手ひとつで育ててくれた母親は認知症。

田辺町で身元不明の白骨死体が発見されたというキンポーからの電話で、三人は37年ぶりに故郷に集まる。3人はマチルダが失踪したことをようやく思い出し、工事現場で骨を発見した女子大生、
西野白馬(にしのはくば)とともに発見現場に行き、ドロの中から見つけたボールペンから、
遺体がマチルダであると確信する。

マチルダはなぜ殺されたのか? 犯人は誰なのか?

ロートル中年3人組と西野白馬は、3人組が思い出す妄想を交えた記憶を手がかりに37年前の真実に迫ろうとする。

それがストーリーの骨格です。

しかし。
「ラムネモンキー」は単なる推理ドラマではありません。

最初に「初回から、予想もつかない展開」と書きましたがそれも当然。
各回の冒頭は、3人組が思い出した妄想混じりのエピソード。
3人組は中学生の記憶をある意味で失ってしまっていたのです。
そのエピソードをひとつひとつ確かめていく過程で、1998年の記憶の「妄想」から「妄想とはちがう真実」が少しずつ明らかになっていく。

それにつれて3人は、あの中学生時代がマチルダに支えられていた「輝く時間」だったことを再発見していきます。その再発見が、2025年を生きる彼らが抱えている空白感を埋めていく。

別の言葉で言えば。
中学時代の「輝く時間」を思い出すことで、現在の「わた」しが生きていく力を獲得していく。そしてほんとうの意味での「大人」になっていく。

でもそれは同時にとても辛い真理探求です。
過去のむごい真実、自分たちを取り巻いていた残酷な人間関係や社会にあらためて直面させられる。
そんな残酷な人間関係や社会の中で、謎に満ちた女性マチルダがどれほど自分たちを愛してくれていたかをはじめて認識する。

切ない。
この切なさが「ラムネモンキー」の魅力。



このドラマにインスピレーションを与えているのは、スティーブン・キングの中期の傑作『IT(イット)(1986。邦訳は小尾芙佐訳 文春文庫全4冊)だと思います。

1950年代のアメリカ、メイン州の地方都市のいじめられっ子ローティーンの仲間が、
町を襲う怪物の存在に気づき、恐怖と戦いながらその怪物に致命傷を負わせる。
だけれどもその恐怖のあまり怪物との戦いの記憶を失ってしまう。
仲間たちとの輝く友情の時間の記憶も失ってしまう。

数十年後、いじめられっ子グループはそれぞれ社会的に成功しているんですが、
それぞれなにがしかの「空白」を抱えている。要するにほんとうの「大人」になりきれていない。

故郷に再び怪物があらわれて人を殺していく。故郷にただ一人残った仲間からの電話でいじめられっ子グループの記憶がよみがえりはじめ、故郷に再び集結する。
過去に誓った「約束」どおりにあの怪物(ITイット)にとどめを刺すために。

その戦いを通じていじめられっ子グループたちは過去の記憶を少しずつ取り戻しながら、
中年の戦う力を獲得していきます。そして現在の自分たちの「空白」が埋まっていく。

ローティーンの輝いていた時間が、その当時のロックや映画やプロレスの引用で切なく描かれます。
「ラムネモンキー」も同じ。ジャッキー・チェンの『酔拳』(「ラムネモンキー」はもちろん「酔拳=ドランクモンキー」のもじり)だとかマイケル・ジャクソンだとか。

そして。
怪物(ITイット)が過去に死ななかった理由も似ている。
怪物は町に巣食う「暴力の歴史」を力の源泉にしているのです。
そのあらわれのひとつがいじめられっ子グループを襲う不良グループ。
「ラムネモンキー」でも3人組は隣の二中の不良グループにいじめられます。

もっと大きな暴力が『IT(イット)では描かれる。人種差別や同性愛差別。
そういう悪をエネルギー源にして怪物は蘇る。
前回の「ラムネモンキー」でそういう社会の大きな邪悪が明らかになりました。
田辺町の再開発計画。
「社会の木鐸」である新聞記者を目指していたユンの兄健人は開発会社に取り込まれてしまう(その結果、現在の「田澤物産」の取締役にのぼりつめている)。
キンポーの親たちも開発会社に金をもらって懐柔されてしまった。
田辺町にはそういう悪の力があったし、現在まで続いている。

「ラムネモンキー」が『IT(イット)』のパクリだと言っているのではありませんよ。
『IT(イット)』がとても普遍的なテーマを提示していて、その普遍性がいろんな作家の創造性を喚起する、ということです。
(たとえば『IT(イット)』のすぐあとにキングと同じホラー作家ロバート・マッキャモンもほぼ同じ骨格の小説を書きましたし、日本にもハードボイルド作家の小説があります。原尞だと思ったんだけど著作リストに出ていないので勘違いらしい。手元に見つからないのでどなたか教えてください。マッキャモンのは駄作ですが日本のはけっこう良かったです)

「ラムネモンキー」は、「過去の記憶を巡る切ない探求」というすぐれた文学の型のひとつだと言ってるんです。


で。
前回、それまで無関係だと見えた過去と現在のつながりがはっきりした。

最終話はどうなるのか?

わたしの興味は3つです。

その1
贈賄事件について兄はユンに「罪を認めて情状酌量・和解を求めたほうがお前にも会社にも得になる。そうしろ」と言ってきた。ユンはとりあえず納得しているのだが、田辺町の過去と兄のつながりが明らかになった今、ユンは裁判にどうのぞむのか?

その2
キンポーは認知症の母の訪問介護に来ているシングルマザー三島ひろ子に紳士的な恋心を抱いている。彼女がマチルダの娘らしいことは顔を見ればわかります。二人はどうなるんだろう?

その3
3人組がマチルダと交わした「約束」は何だったのか?
スティーブン・キング『IT(イット)』でも最後の山場は過去の約束の場面でした。
「ラムネモンキー」は、「約束」を通じて『IT(イット)』にどんな応答をするのだろう?

2026年3月8日日曜日

トランプの「無条件降伏」発言

イラン攻撃についてトランプは、攻撃の収束はイランの「無条件降伏」によってしかありえないと発言した。

イランのペゼシュキアン大統領は「『無条件降伏』はアメリカが墓場まで持ってゆく夢だ」と応酬した。


まず、「『無条件降伏』はアメリカが墓場まで持ってゆく夢」だというペゼシュキアン大統領の表現。強がりだと受け流す人が多いんじゃないかと思いますが、わたしはこの表現にイランの詩文化の伝統を見ます。

日本ではあまり認識されていませんが、イラン (ペルシア) はルネッサンスまでは中国とならぶ世界文化の最先端の地域でした。それまでのヨーロッパはペルシアや中国とくらべればド田舎に過ぎません。世界で最初の大学はオックスフォードでもケンブリッジでもなくペルシアにありました。

当然文化のレベルも高い。ハーフェズ、フェルドウシ、ウマル・ハイヤームなど文学史に燦然と輝く詩人を排出しています。

そしてとりわけ日本では理解しにくいことだと思うのですが、その立派な詩の伝統が現代のイランの日常にも浸透しています。(実はこれはイランに限らず欧米文化にも見られることなんですが。みなさんはなんでもいい、詩を暗唱できますか? 管見の限りでは欧米の教養ある人たちはけっこう詩を読んでいて詩を暗唱できる。だから偉いという話をしてるんじゃありません。社会の中での詩の重要性の違いを言ってるんです。その違いを知っておくことは大事なことですよね。)

「『無条件降伏』はアメリカが墓場まで持ってゆく夢だ」にわたしはそういう体に染みついた詩的な感覚を感じます。(ちょっと違う意味で、わたしは北朝鮮や中国が他国を罵倒する際のレトリックにもそれぞれの文学的伝統を感じます。笑っちゃうくらい見事ですよね)

これ、意外に大事なことだと思います。とりわけ外交において。

イランと外交するならば詩を引用することから始めるべきだと思います。そう助言できる外務省の人間はいるのでしょうか? (実はいるんじゃないかと思ってます。ただそういう人を政治家が気にもとめていないということでしょう。文学をあなどると外交という実利で気づかない失態を犯す。文学研究はそういう意味で「実学」なんですが)


「まず」と上に書いたので「次」を書かなくちゃいけないのですが、気が重い。

「無条件降伏」についてです。


「無条件降伏」は過去それほど使われたわけではありません。「無条件降伏」がそもそも何なのかについても論争があるようです。とりわけ第2次世界大戦で日本が連合国に対して受け入れた「無条件降伏」については(その諸問題については不十分ながらウィキペディアがとっかかりになります)。

日本に対する「無条件降伏」をもっとも強硬に推し進めたのはアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトであり、その基本方針によって戦後日本の方向は定められました(若い方々、第2次世界大戦後、日本が独立国ではなかったことをご存知でしょうか)。天皇制をどうすべきかも最終的にはアメリカによって決定されました(この辺の複雑な事情とその現代における意味については、白井聡国体論 菊と星条旗(集英社新書 2018)がとても示唆に富みます)。

勝ったアメリカは、見事に日本を自分に忠実な (親米的な) 国家に育て上げることに成功します。民主主義国家と化し、経済的にも成功させ、その首脳たち (自民党) をアメリカの犬にしました。その極限の姿がトランプの横でニコニコと嬉しそうに飛び跳ねる高市首相です。

アメリカはCIAの策謀などを用いて一旦はイランに親米国家をうちたてることに成功しましたが、それはイラン革命によって覆されて現在に至っています。

トランプの「無条件降伏」発言を聞いたとき、わたしがまず感じたのは、トランプが第2次世界大戦と現在に至る日本をイランのモデルケースにしているのではないかということです。

日本に対してはこれほどうまくやったではないか。高市は忠実にしっぽを振っている。イランにもこれが応用できるはずだ、と。

もしそうだとすると、わたしがもっとも恐れることは、

トランプが、かつてアメリカが広島と長崎に対して行ったように、イランに核兵器を使うことです。大いに可能性があるとわたしは思う。

アメリカのイラン攻撃はだからわたしたち日本人にとって他人事ではない。被爆国日本が、戦後の今までの対米のあり方がほんとうに問われている。

高市首相、イラン攻撃に態度表明をまったくしていない。一国の首相として考えられないのらくらだ。

どうする、高市?

そしてわたしたちはどうする?

 

2026年3月3日火曜日

Operation Epic Fury は「壮絶な怒り」作戦か?

 アメリカがイランへの攻撃を開始した。

これが国際的な違法行為であることは言うまでもない。

イランの核兵器開発を擁護するつもりはさらさらないが、自分が核兵器を持っているのに他国がそれを持つのを許さないというのはそもそも理屈としてなりたたない(イランはテロ国家だから核を持たせるのは危険だと言うのなら、アメリカが昨今やっていることだってテロ行為そのものじゃないでしょうか)。「私たちも核兵器を放棄します」、そこまで行かずとも、「核兵器を縮小することを目指します」くらいの立場を表明してから交渉するのが筋だと思う。

アメリカは交渉の最中に敵国の首脳を殺害した。これは無法以外の何物でもない(トランプ自身は承知の上かもしれませんが)。


しかしアメリカが戦争を始めたことが、今日の話題ではありません。この戦争に付随する一つの、些細に見えるけれどもけっこう大事なことが話題です。

アメリカが今回のイラン攻撃の作戦をOperation Epic Furyと名づけた意味と、それを「壮絶な怒り」作戦だと報じている日本のマスコミの見識のなさはいかがなものか。

epic を「壮絶な」と訳すことは可能かもしれません。ただし、それはかなりの意訳であって、epic の派生的な意味にすぎない。

とりわけ epic が fury 「怒り」と組み合わされた場合、少なくとも高等教育を受けた欧米人なら epic の本来の意味である「叙事詩の」「叙事詩的な」を思い浮かべると思います。

「叙事詩の怒り」とは何か。

ヨーロッパ最古の叙事詩ホメロス『イーリアス』に描かれるギリシアの英雄アキレウスの怒りです。『イーリアス』の最大の主題がそれであり、数千行におよぶ『イーリアス』の冒頭の単語もアキレウスの「怒り」です。

『イーリアス』は伝説のトロイア戦争の最後の数十日間を描く英雄叙事詩。ギリシアNo.1の英雄アキレウスの怒りの展開が『イーリアス』の屋台骨です。

それを詳述することはしませんが、アキレウスの怒りが頂点に達するのは親友パトロクロスの死後。アキレウスは怒りを燃やしてトロイア軍をなぎ倒し、パトロクロスを殺したトロイア方の英雄ヘクトールと一騎打ちの末のヘクトールを殺します。

ヘクトールは死ぬ間際に命乞いをするのですが、アキレウスは容赦なく殺し、その亡骸を自分の戦車につないでずたずたになるまで引きずり回します。

欧米人の多くは、そしてアメリカ軍首脳部のエリートたちも、高校などの教材で『イーリアス』を読んでいる。epic furyという句はそれを背景にしている。

だからあくまで「叙事詩『イーリアス』の怒り作戦」、それが日本人に多くの説明を要することを考慮するなら、「英雄アキレウスの怒り作戦」と訳すべきだと思います。大手通信社だかAIだか知らないが「壮絶な怒り」という杜撰な訳を検討もせずに採用するのはいかがなものか。

「些細に見えるけれどもけっこう大事なこと」だと上に書いたのは、この作戦名にアメリカの(一部の)世界観が露骨にあらわれていると思われるからです。

彼らはイラン攻撃に「野蛮な異文化トロイア」と戦う「文明国ギリシア=アメリカ」を重ね合わせている。ひとことで言えばエドワード・サイードが主張した「オリエンタリズム」です。アキレウスがヘクトールにしたように、我々はイランの首脳を命乞いをしてもずたずたにしてやるぞ、という態度表明です。「壮絶な怒り」という訳ではそれが見えてこない。

重要な補足をすれば。

以上のオリエンタリズムを『イーリアス』に読み取るのは(往々にしてそう読まれがちなのですが)『イーリアス』の誤読です。

トロイアは現在のトルコ北部ですが、『イーリアス』はトロイアをアジアの異文化の国家だとは見ていない。自分たちギリシア人と同じ価値観・社会構造を持つ敵として描いています。

さらに。

『イーリアス』は最後の最後で「アキレウスの怒り」に大どんでん返しを与えています。

アキレウスは怒りをおさめたわけではない。しかし『イーリアス』の最終歌で、息子ヘクトールの亡骸を返還してもらうために決死の覚悟でギリシア軍のアキレウスのもとを訪れた老王プリアモスの悲しみに打たれたアキレウスは、敵の王プリアモスと食事をともにして、戦う者どおしの悲しみと苦しみを共有し、ヘクトールの亡骸返還を約束します。

epic fury と名づけたアメリカ首脳たちは『イーリアス』の最後まで視野に入っているとは思えない。敵に対して怒り狂うアキレウスだけです。

願わくは、アキレウスとプリアモスの食事まで視野に入れて欲しい。そしてその食事に向かうことを日本政府はアメリカに訴えるべきだと思う。それが外交というものでしょう。






2022年11月24日木曜日

カナダ1週間の旅 その1

妻と娘と3人でトロント在住の息子に会いに行くために
駆け足でトロントとモントリオールを旅行してきました。

もっと早い時期にして『赤毛のアン』の舞台プリンス・エドワード島にも行きたかったのですが、いろんな事情で11月にせざるを得ませんでした。プリンス・エドワード島ツアーはもう終了しています。

それでも充分楽しみました。
細かなことを忘れないうちにと思って久しぶりの投稿です。


11/14トロント着。
息子が迎えに来てくれました。数年ぶりの再会です。

チェストナット・ストリートのDoubletree by Hilton Toronto Downtownにチェックイン。
ヒルトンの名前が入っていますがビジネスホテルに毛が生えたくらいのレベルです。
格別不満もありませんでしたが。
トロントを東西に走るメインストリートのダンダス・ストリートからちょっと入ったあたり。


ホテル近くのダンダス・ストリートは日本街になりつつあるらしい。
「辻利」もあるし牛丼の店もある。韓国・中国系の店も多い。
写真は「韓国ドンカツ」の店。
食べてないのでわかりませんがトンカツを韓国風にアレンジしたものか?
Kyoto Houseを名乗る
怪しいレストラン
右隣は日本の薬局で息子がよく利用しているそうです。

ホテルすぐそばの Kyoto Japanese の看板がある店は
息子によれば日本料理ではなく中華なんだとか。

夕食のために地下鉄ダンダス駅がある広場に戻りました。
ユニクロやH&MやMujiがあります。

そこから北に少し歩いて中華の「コンジー・クイーン (Congee Queen)」へ。
中国粥が売りの割に新しい店だそうです。



おいしかった。
中国粥はピータンと濃い味をつけて細かく裂いた鶏肉を入れたもの。
ビーフンは海老とインゲンが具の上品な味つけ。


そしてツルトロの麺に挟まれた海老。
昔、横浜中華街の海老料理がやたらにおいしい「ル・パルク」で食べて感動したことがあったので、メニューの写真を見て反射的に指さして注文したのですが名前がわからんのですよ。
幅広麺の大拉皮 (ダーラーピー)とか粉皮 (フンピ) じゃないかと思うのですが、ご存じの方は教えてください。


以上の3品はどれも淡泊な味つけだったのですが、
チャーハンがアクセントになりました。
固く炊いたタイ米にビーンズソースみたいなので濃い味つけがしてある。
欲を言えばパクチーを散らしてほしかったのですが、
ユニークな味で、頼んだ料理全体を引き締めてくれた。
大満足。

2021年3月19日金曜日

海老と春キャベツのジェノヴェーゼソース・パスタ


春キャベツがおいしい季節です。
豊かな香りの海老パスタはいかがでしょうか。

ジェノヴェーゼソースは、バジリコに松の実などを加えた香りの強いソースですが、
これに「東のパクチー」「西のディル」と呼ばれる (?) くらい横綱級の香りのディルを合わせます。

ディルは不思議なハーブで、それ自体の香りが個性的なのですが、
他のハーブと組み合わせると相乗効果で香りがいっそう引き立ちます。

また、ジェノヴェーゼソースにはアンチョビを加えるのが正式だと思うのですが、
市販の瓶詰めには入っていません
 (入ってるのもあるかもしれませんがわたしは見たことがない) 。
味にコクを出すためにアンチョビを加えます。

生クリームを加えるのは味をまろやかにするため。少量にとどめます(牛乳や豆乳でもいい)多いと「ジェノヴェーゼクリームソース」になってしまって春キャベツには重すぎます。

パスタが茹で上がる直前にソースが完成しているのがベストです。


海老とキャベツのジェノヴェーゼソース・パスタの作り方


《材料》(3人分)

パスタ                270g
むき海老            180gくらい
春キャベツ       たくさん(計ったことない。1/3個くらい? 熱が入るとカサが減ります)
マッシュルーム   1/2パック
ディル               適宜(好みによりますが、わたしは小さいパックだと2/3以上、大きなパック
                                だと半分近く使います)
アンチョビ         3枚
ニンニク            1片

ジェノヴェーゼソース          大さじ6~7
白ワイン (または純米酒)   大さじ2
生クリーム         大さじ1
黒胡椒               適宜
EVオリーブオイル     適宜
                     適量



【作る

1) しっかり塩を入れたたっぷりの湯を沸かし始める。

2) むき海老は背わたがあれば竹串などでとる。塩少々と片栗粉をふってもみ洗いしたあと、ザルに受けて洗い流し、ペータータオルなどで水気をとる。大きめの海老なら二つのそぎ切りに。

今回のキャベツの量はこのくらい。
手前はマッシュルームとキャベツの固い部分。

2) ディルは洗って水気をとったら葉の部分だけを大雑把に切る。マッシュルームは薄切りに。キャベツはざく切り。固い部分は捨てずにそぎ切りにして別にしておく。
ニンニクは包丁の腹で体重をかけて押しつぶし、皮と根本の部分をとってみじん切りにする。アンチョビもみじん切りです。

3) パスタを茹で始める。指定時間より1分ちょっと短めにゆでます。フライパンにオリーブオイルを入れ、中火でニンニクとアンチョビを炒める。アンチョビを炒めるのは臭みを飛ばすためです。

4) マッシュルームとキャベツの固い部分を加えて炒める。(隣の鍋のパスタがくっつかないように菜箸で何度かかき混ぜる)

5) ジェノヴェーゼソースとパスタのゆで汁をお玉に1杯強加える。そこに海老を入れたら白ワインをふり、強火でアルコール分を飛ばす。

6) 生クリームを加え混ぜ、すばやく味見をして足りなければ塩を足す。「ちょっとしょっぱいかな」くらいで丁度いい。

すぐにカサが減るので大丈夫
7) キャベツをドサっと入れて混ぜる。たぶん、パスタのゆで上がりの1分30秒くらい前だと思います。キャベツを一気にやわらかくするために強火。パスタのゆで汁が足りないようなら足す。


8) パスタが茹で上がったらしっかり湯切りをしてソースに加え、強火のまましっかりあおる(あおるのができない人はトングで激しくかき混ぜる)。黒胡椒をペッパーミルで挽く(なくても可)。

【完成】

皿に盛り、ディルをのせたら完成です。