「産後ドゥーラ」とは、産後の母親が陥りがちな「産後うつ」等の問題に、助産師としてではない立場で、育児・家事などについて母親の相談に乗り、実質的な支援をする資格を指すらしい。ドゥーラ協会はそれを職業として確立することを目指している。
わたしは医療の門外漢だが、看護学部に所属しているから、母親が直面する産後うつ等の問題に支援が必要なことは理解しているつもりである。
「産後ドゥーラ」を育成する必要性と意図と善意はよくわかる。
その上であえて言わせてもらう。
産後「ドゥーラ」という呼び名は適切だろうか。
「ドゥーラ」という語は、育児分野に関してアメリカの人類学者 Dana Raphael が最初に用い、以後すでに「産後ドゥーラ」はある程度国際的に認知された用語となっているらしい(岸利江子 http://www.crn.or.jp/LIBRARY/EVENT/DOULA/kishi.html)。
わたしが問題にしたいのは「ドゥーラ」という呼び名だ。
毎日新聞の記事では「ギリシア語で『ほかの女性を助ける女性』」、ネットで検索すると「ほかの女性を助ける経験ある女性」などと説明されている。
それは無理じゃないだろうか。
ドゥーラは古代ギリシア語の「ドゥーレー」 δούλη に由来する現代ギリシア語である。
古代ギリシア語のドゥーレーは「女奴隷」である。
わたしは現代ギリシア語はたいしてできないが、少なくとも辞書的には
現代ギリシア語の「ドゥーラ」の意味は "maidservant"、要するに「女中」「下女」である。
かんちがいしないで欲しいのだが、
わたしは女中が卑しい職業だとは思わないし、古代ギリシアの「女奴隷」が「奴隷」であるがゆえに人品卑しかったとも思わない。
思わないのだが、
「ドゥーラ」というギリシア語に、上で言われる「ほかの女性を助ける女性」が含意している「対等の関係」を読み取るのは無理だと思う。
国際的に認知されている語であるかもしれないが、そのもともとの名づけ方そのものは、もとのギリシア語を理解していない、つまりはギリシア人に対してとても失礼なものだと思う。もし Dana Raphael さんがその名付け親だとすれば、彼女はギリシア語をわかっていなかったし、ちゃんと調べてもいなかったということです。
「いや、国際的に認知されているんだから、いいんじゃないの」と考えるあなた、
それは英語帝国主義に追随してることじゃないのですか。
上で紹介した岸利江子さんは、ギリシアでは、同じ制度を「ドゥーラ」とは呼ばず、別のことばで呼んでいると報告している。
ギリシア人、自国のことばへの他国の誤解にきちんと抵抗しているわけです。
目新しさで外国語を使うのはわからなくもないが、その際にはそのことばの由来と意味をきちんと調べた上で使うべきではないだろうか。
あえて言わせてもらえば、日本のドゥーラ協会はことばの帝国主義に鈍感だと思う。
日本独自の呼び名を考えてもよかったのではないでしょうか。ギリシアがそうしたように。