2021年3月12日金曜日

ギリシアのぼったくりクラブの話

若い頃の思い出です。
似たような体験をした人の話を複数聞いたのでよくある手口のようです。


ギリシアを一人旅していたときのこと。
アテネにプラカというにぎやかな場所があります。
アクロポリスの麓、
土産物屋やタベルナ (食堂) がひしめいて観光客でごった返している楽しいところです。

おいしいタベルナで昼食をとっていると、隣のテーブルの男が話しかけてきた。

「日本人か」
「そうだ」
「おお、わたしはキプロス人で横浜と神戸にいったことがある。日本は大好きだ。
いっしょに食事していいか?」
「いいよ」

わたしは彼のためにワインを1本とって二人で楽しく食事をしました。

「今日は楽しい食事の時間だった。ここはわたしが払う」とわたしが言うと、
「いやいや割り勘だ。わたしだって楽しかったから」と彼。
「ではワインはわたしに出させてくれ」とわたし。

勘定を済ませると彼が、
「今日はほんとうに楽しかった。だから今度はわたしにビールを一杯だけおごらせてくれ。
夕方もう一度会わないか?」
そういうのでわたしは会うことにしました。

夜に待ち合わせの場所に行くと、彼は
「わたしの知ってる店にいこう。そこでビールを一杯だけ飲もうじゃないか」
と先に立って歩き始めます。

だんだん暗い通りに入っていきます。
が、彼は陽気に馬鹿話を続けています。

あとから振り返るとすごい技術だな、と思うのですが。
暗い通りにミニスカートの水商売らしい色っぽい女性が立っていて、
そこを通り過ぎたところで、
「おい、わかるか? 今の女、おかまだぜ」。
あっはっは、とわたしが笑ったところで
「ここだ」と地下に入る階段を降りはじめた。
その絶妙なタイミング。

わたしはちょっといやな予感がしました。
階段入り口にしどけない姿の女性たちの写真が並べてあったから。
でも「ここでくだくだ言うのもめんどくさいのでまっ、いいか」と彼についていきました。

降りた先はクラブ。
彼と席についた途端、10名ほどの韓国人の美しい女性たちが座ってきて
ウェイターにドリンクを注文し始めます。

「これはやばい」
と思って、
「待て待て。わたしはこのキプロス人の友人とビールを一杯飲みに来ただけだ。君たちと飲むつもりはない」
と言ったのですが、女性たちは聞く耳を持たずに
「まー、楽しく飲みましょうよ」
「英語お上手ねえ」
などとドリンクを飲み始めました。

「わたしはビール一杯以上のお金を払うつもりはない。この娘たちのドリンクは話が違う」
キプロス人にそう言いましたが、彼は知らんぷり。

するとウェイターがやってきて、
「おい、どういうつもりだ。この娘たちのドリンクを払え」。
「ふざけるな。この娘たちが勝手に注文したのでわたしはビールしか飲んでいない。
払うつもりはない」

ウェイターは即座に金を払えと毒づき、わたしと押し問答に。
その頃で10数万円の金額を請求されました。

「わたしは貧乏な学生だ。そんな金は持ってないし、クレジットカードも持ってない」
わたしがそう言うとウェイターは、
「ファックユー! それならちょっと裏に来い」。

わたしはウェイターと押し問答しているあいだに必死に考えました。
周りを観察すると、他の席では金持らしい男性が女性相手に飲んでいる。
わたしのようなぼったくりに引っかかった客だけではなくて、
金のかかる遊びをしている客がほとんどだ。
そして裏に連れ込まれたら用心棒がいるに決まってる。
わたしは少林寺拳法をやっていたので、いざとなったら相打ちぐらいやってやろうと腹をくくりましたが、袋だたきにされる可能性は高い。
絶対に裏に連れ込まれてはならない。

そこで徹底的にテーブルに腰を据えることにしました。

たいしたことない英語を振り絞って大声でウェイターを罵り続けました。
黙ったら終わりだ、と必死でした。

「このキプロス人のくそ野郎はお前たちに雇われてんだろう。旅行者にこんなぼったくりをしやがって。
わたしは古代ギリシア文学を研究している学生だ。
古代ギリシア文化に心から敬意を抱いている。すばらしい文化だ。
お前たちギリシア人はホメロスの時代から、外国人や旅人を大切に扱う伝統を持っているはずじゃないのか。お前はギリシア人のくせに『フィロゼニア』(よそ者を大切にする心)ということばを知らないのか。恥を知れ」

全力を挙げて大演説です。
演説しながら、他の席の客たちの困った様子がわかりました。
変な東洋人に騒がれて楽しい酒が台無しだ、という雰囲気。
わたしは「いけそうだ」と思いました。

大声で演説し続けるわたしにウェイターは困ったのでしょう。
「わかった。もうわかったからビール一杯分だけ金を置いて出てってくれ」。

わたしはビール一杯分の勘定をテーブルに置き、
黙って出ていくのもくやしかったので、キプロス人に、
「キプロス人が言う『友情』がどういうものかよーくわかった。おれは二度とキプロス人を信用しないからな」
と言って店を出ました。


あとからいろいろ考えました。

危機に動じたらだめだった。大変なことになったとは思ったものの、
なぜかわたしは動転せず、周囲を観察して必死に頭を巡らせた。
自分で気づかなかったそういう一面がはじめてわかりました。

ギリシアに韓国人の女性が稼ぎに来てるんだなーー、とも。

そして
「おれは二度とキプロス人を信用しないからな」というわたしの捨て台詞への彼の意外な反応。
わたしは彼がせせら笑うだろうと思ってました。
でも彼はうつむいて決まり悪そうにした。
生活のためにしょうがなくぼったくりの手先をやってたんだな、とちょっと同情します。


後日談。
この体験を大学の後輩にしたら、
「わたしの友人もそっくり同じ目に遭ってますよ」

だがその友人はある意味でわたしよりすごい。

彼は「どうせぼったくられるんだからもう腹をくくるしかない」と、
店の韓国人 (かどうかは定かではありませんが) 女性たちの胸や尻を触りまくり、
そこまでの店じゃないから女性たちはキャーキャー逃げ回る。
店は大騒ぎになって
「お前、頼むから出てってくれ」
と言われて、さすがにビール一杯分ではなく相応だと思ったお金を自主的に置いて無事に出てきたそうです。

危機に際していろいろな対処の仕方があるもんだなと思います。


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