(ネタバレあり。注意)
陣川警部補が出る『相棒』は感心しない
と投稿したことがあります(「ステレオタイプの弊害」)。
陣川君が登場すると、脚本家は「善意のお調子者」というキャラクターの呪縛にかかったようになってしまっていた。顔を覆いたくなるくらいの紋切り型のストーリーになる。
陣川君の魔力恐るべし。魔力に抗する脚本家あらわれよ!
そういうことを書いたのですが。
今日の真野勝成、陣川君の呪縛を解いたと思う。
喫茶店の店主さゆみに片想いをしてしまう陣川警部補。
そういう大枠はあいかわらずのステレオタイプです。
しかし。
陣川君のただならぬ形相から始まる冒頭が、
「陣川君の魔力を打ち破るぞ」
という宣言になっていました。
「陣川君という名の犬」というタイトルも尋常ではない。
回想形式で展開するストーリーの主要部分は、
「思い込みが激しい陣川君」
というステレオタイプをとりあえず踏襲しています。
でも終わりに近づくに連れ、
陣川君がこれまでの陣川君を超えはじめる。
さゆみは陣川君を「捨て犬」みたいだと思って傘を差し掛けた。
そう言われた陣川君は、
さゆみにとって自分は「犬」=「哀れむべきその他大勢」だと理解します。
それでも勇気をふるって彼女にプロポーズする。
そのプロポーズのことばがいい。
「犬がいつまでも主人につくすようにつくしたいと思います」
(正確な台詞ではありませんが)。
「犬」ということばの意味を逆転した陣川君。
『相棒』史上はじめて陣川君は自分のことばを持った。
タイトルの「陣川君という名の犬」のほんとうの意味がこのことばで明らかになる。
もっと正確に言うと、
冒頭場面から視聴者が想像してきた「陣川君という名の犬」の「犬」の意味を、
陣川君自身がみごとに逆転する。
ドラマ全体がさゆみを美化しないのもいい。
陣川君にとって魅力的な、
そして多くの視聴者にとっても「魅力的な女性」だと思える彼女が、
同時に、犯人の男の足の匂いを悪意なく指摘することで傷つける。
さゆみのそういう「無意識の残酷」をきちんと描いている。
そうすると視聴者は、陣川君もさゆみの「無意識の残酷」の犠牲者になる(=いつものようにふられる)と予測する(少なくともわたしはそう予測しました)。
だけれども、事件が決着したあとがいい。
さゆみの「その他大勢」の一人だと思っていた陣川君が、
冠城亘に救われる。
冠城亘は陣川君がその他大勢ではないことを見抜いていた。
プロポーズの返事をする日にさゆみは殺されるのですが、
右京と冠城は、さゆみがするはずだった返事をみごとに解き明かします。
その最大の鍵が、さゆみの荷物の中にあったコーヒー・セレモニーの道具。
中東で婚礼などを祝福するために飲むコーヒーのセットです。
さゆみの喫茶店で、冠城はそのセレモニーのセットでコーヒーを入れる。
右京、陣川と三人でテーブルを囲む。
なんと、これまでコーヒーを断り続けてきた右京も飲む!!
コーヒーを飲む右京の微笑みに陣川君への思いがにじみ出る。
バックに流れるナット・キング・コールの「アンフォーゲッタブル」。
「忘れられぬ人」を陣川君は思い続けることでしょう。
静かだけどすてきなラストでした。
星三つ。
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