2012年5月4日金曜日

サラダドレッシングとサンドイッチのお話

サラダの酢油ドレッシング(ヴィネグレット・ドレッシング)、酸っぱすぎないか? 

一昨日のテレビでも、噂の料理人 (?) 速水もこみち君がサラダに大量の塩を加えて、たまげるほどのレモンをしぼっていた。「もてようと思って料理をはじめたんです」と言っていたが、あのサラダを食わされた女性は引くと思う。 

地中海を旅行してサラダのおいしさに感激した。若かったので理由はわからなかったが、あとではたと膝を打った。 

酢の分量が少ない。だから野菜の味が死なない。 


フレンチの鉄人、石鍋裕も油と酢の比率を4:1だと書いている。 
日本のたいがいのレストランは同量くらいじゃないかと思う。酸っぱいよ。 


イギリスの短編小説の名手(『チャーリーとチョコレート工場』の原作者でもある)ロアルド・ダール(「ロアール・ダール」が原音にちかいようだけど)に、「バトラー(執事)」という小説がある。 

ヨーロッパの階級社会の恐ろしさと残酷さを教えてくれる名短編。 

主人公は上流階級の仲間入りをしたくてたまらない成金。 
執事とフランス人の料理人を雇って、セレブたちを自宅に招待してパーティーを開くんだけど客はちっとも感心してくれない。 

「なぜなんだー!?」労働者階級出身の彼は、執事と料理人に教えを請う。 
けなげです。 

そのときの料理人が言うアドバイスがね、 
「あなたが出すサラダは酸っぱすぎる。おいしいサラダとは、上質の油にレモンを一絞りだけです」 

石鍋シェフより酢が少ない! 
速水もこみち君、聞いているか。 

けなげな成金君は、最後に執事と料理人に残酷な仕打ちを受けるのですが、その顛末は書きません。 

でも、この短編はヨーロッパの上流階級の本質を恐ろしいほど言い当てています。 



上流階級とは、お金を持っていることではない。 
「文化資産」を自然に身につけていることだ。 



成金の主人公は何がいいワインなのか、何がおいしいサラダなのかをけなげに学習し、努力します。 

でも彼には学習はできるけれど体でわからない。 
「マニュアル人間」ということです。 


上流階級ではないけれど「体でわかっている」執事と料理人は、そんな主人公をコケにする。

残酷です。でも現実です。 



ドレッシングの酢の量に対する感覚は「文化資産」なのです。 





勘違いしないで欲しいのは 
わたしは「文化資産だから自動的にすぐれているし守るべきだ」とは必ずしも思っていないということです。 

なんてったってわたしはカウンター・カルチャーの世代の端くれです。 
エスタブリッシュされたものをまず疑う、というのを十代でたたき込まれました。 

おかげでうーーーんと回り道をして、エスタブリッシュされた文化の価値を疑り深く再点検した上でその意義をようやく肯定する、というめんどくさいやり方が身についています。 


少ない酢はエスタブリッシュされた文化伝統です。 
伝統だから守るべきだというのではなく、その方がおいしいというのは歴然とした事実です。

「味は好みじゃねえか」と言う人もいると思う。 

それは基本的にわかるけど、でもね、 
「好み」だけじゃ文化じゃないと思う。 

文化とは共有だから、多数の人が納得する「好み」とそうじゃない「好み」の差は認めるべきだと思う。 

酢は少ない方がおいしい。 
食べ比べてごらん、としか言いようがないですけど。 

わたしは上質のオリーブオイルと上質の酢(良いバルサミコか「千鳥酢」)を5:1にしています。 



思い浮かんだもうひとつの文化資産はキュウリのサンドイッチ。 



いつぞやの「踊る! さんま御殿!!」のゲストに、ちょっと美人のモデルの、イギリス人のお父さんが出たことがあった。 

おかしな外人という色もの扱いだったんだが、そこで彼が 
「料理好きですよ。キュウリのサンドイッチとか作ります」 
と言ったときに、さんまが 

「キュウリのサンドイッチかい!」と大笑いした。 

イギリス人のお父さんは傷ついたと思うが、紳士だったので何も言わなかった。 




キュウリのサンドイッチがイギリス人男性にとってどれほど大事なものか、さんまは知るよしもないだろう。 

キュウリのサンドイッチの意味を日本で最初に伝えたのは犬養道子だと思う。 
犬養さんはキュウリのサンドイッチこそサンドイッチの最高峰だと書いている。 

シンプルだからこそ最高に難しい。 

パンとマヨネーズに何を選ぶか。 
キュウリをいかに薄く切るか。 
キュウリとマヨネーズの比率をどうするか。 

ほんとにむずかしい、と犬養さんは書いている。 




藤原伊織のハードボイルド小説『テロリストのパラソル』の主人公がやってる新宿のバーで唯一出すつまみがキュウリのサンドイッチだ。 

主人公の店に押し寄せたやくざたちが腹を減らして食い物を出せと要求する。 
主人公はキュウリのサンドイッチを出す。 

三下たちは「キュウリのサンドイッチかよ」と馬鹿にするが、親分だけは一口食べてうなり、
「簡単だからむずかしいんだろうな」と評する。 

わたしはこの場面は犬養道子からとっていると確信している。 





イギリスの男たちはほんとうに真剣にキュウリのサンドイッチを作る。 
どれもすばらしくおいしかった。 


明石家さんまはそういう文化伝統を知らないのだ(芸人だからしようがないんだけど、でもイギリス人のお父さんを傷つけたのは事実)。 




ついでにもうひとつ文化資産としてのサンドイッチを書くとね。 


ピーナッツバターとオレンジ・マーマレードのサンドイッチ。 


食べてみて下さい。おいしいです。 
イギリス上流階級のサンドイッチです。 


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