「西部邁を追悼する」で、「危機 (クライシス)」ということばの世間での使われ方を西部邁が批判していることを紹介しました。
クライシス crisis の語源は古代ギリシア語の「クリシス」。
「クリシス」は、生きるか死ぬかの決定的瞬間であって、マニュアルでは対応できないその瞬間に人は主体的な決断・判断を迫られる。だから本質的に「危機」とは「管理」できないものだ。
西部邁が言っていることはおおよそそういうことです。
今日は「クライシス=クリシス」の補足をします。
映画やドラマの「クライマックス」って何だか知ってますか?
「ストーリーが最高潮に盛り上がった瞬間」だと思い込んでいる人が多いようですが、
違います。
クライシス crisis の語源が古代ギリシア語だったのと同様に、「クライマックス climax」の語源も古代ギリシア語です。
「梯子(はしご)」を意味する「クリーマクス」 κλῖμαξ がそれです。
梯子を上るように徐々にサスペンスが盛り上がっていく。
それが「クライマックス」。
では、盛り上がっていった最高潮のポイントは何と言うのか?
それが「クライシス=クリシス」なんです。
考えてみれば当たり前です。
クリシスこそが「生きるか死ぬかを左右する決定的瞬間」なんですから。
(ちなみに「西部邁を追悼する」で触れたように、
「クリシス」はヒポクラテス医師団のキーワードのひとつでした。
病気や怪我の過程の中で、生きるか死ぬかを左右する決定的瞬間。
『ヒポクラテス全集』のクリシスは「分利」と訳されることが多いようです)
まとめると。
最高潮の瞬間は「クライシス」(これを間違って「クライマックス」と言っちゃう人が多い)。
「クライマックス」は「クライシス」の前の盛り上がりの過程。
文芸論の元祖は古代ギリシア人だからどちらもギリシア語です(英語風に発音してるだけ)。
たまたま書棚に東野圭吾『天空の蜂』(講談社文庫 1998)を見つけて裏表紙の紹介文を見ると、
「・・・そしてヘリの燃料が尽きるとき・・・。驚愕のクライシス、
圧倒的な緊迫感で魅了する傑作サスペンス。」
とあります。
さすがは講談社。正確にことばを使っています。
0 件のコメント:
コメントを投稿