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2016年3月3日木曜日

虚実あい乱れる快作『ちかえもん』——NHK時代劇をめぐる断想

NHK大河ドラマは第2作『赤穂浪士』からリアルタイムで見ています。
とは言ってもこの20年くらいは暇じゃないのでちらちら見る程度。
暇じゃないだけが理由じゃない。
伝統の縛りが重くなっている感じがして、解放感がない。

わたしは1978年の『黄金の日々』と2013年の『八重の桜』が好きです。

『八重の桜』は大河ドラマの枠から外れず、しかし敗者の視点から描かれた傑作だと思う。これは例外的にほとんど全部を観ました。会津城攻防戦の綾瀬はるかはほんとに輝いていた。
前年の『平清盛』はさんざんの評判でしたが、大河ドラマの縛りに全力で抵抗した怪作ぶりは評価すべきだと思っています。

それにしても「大河ドラマ」という伝統の縛りは重い。




これに較べて同じNHKの日曜日以外に放映される時代劇は、伝統の縛りがないせいか、見ていて解放感があります。
のびのびと作っている感じが伝わってくる。

『妻は、くノ一』は新しさと伝統がないまぜになった名作だったと思います。


新しさは。

市川染五郎演じる主人公が武術がまったくだめで、(元)妻の織江(瀧本美織)が非情すご腕のくノ一だというところが新しさの要素。
というより日曜以外の時代劇の「新しさという伝統」と言った方がいいかもしれません。
すでに『浪速の華〜緒方洪庵事件帳』の医者・緒方洪庵(窪田正孝)と男装の剣客左近(栗山千明)のカップルにも見られた組み合わせです。
両作とも最後が切ない。
瀧本美織、栗山千明がかっこよく魅力的です。

『妻は、くノ一』の「伝統」の方は「大河ドラマの伝統」ではありません。

もっと広い意味での時代劇の伝統。

昨今の時代劇の剣戟の凄みのなさには目を覆うばかりです。

俳優と剣戟グループに身体能力はあると思う。
だけれども「侍のたたずまい」がない。
だから斬り合いの場面が「剣戟」ではなく「アクション」になってしまう。

いずれ本腰を入れて書きたいと思っていますが、

たとえば『剣鬼』(1965年) の市川雷蔵のような、
剣を抜かずとも、立って歩くだけで立ちのぼってくるような静かな殺気。
そういう姿勢と身のこなしをできる役者が数少なくなっていると思います。

『妻は、くノ一』でひさしぶりにそういう身のこなしに出会いました。

松浦静山を演じる田中泯。
舞踏家です。
わたしは学生の頃、彼のワークショップに一度参加したことがあります。

それきり縁がなかったのですが、

映画『黄昏清兵衛』の川縁での迫力ある斬り合いをする人物を演じたのが田中泯だと知って、ああなるほどと合点がいきました。

『妻は、くノ一』の瀧本美織はがんばっているけれど、侍の動きではない。
でもそれはそれでいい。だってくノ一なんだもん。
(『浪速の華』の栗山千明はけっこうすごかったのかも)

そういう中で、田中泯は座って歩くだけで殺気があった。
彼の体によって『妻は、くノ一』はちゃんと「時代劇」になっていたと思います。
今や滅びつつあるほんとの「時代劇」の伝統を体現していた。


で、今日最終回を迎えた『ちかえもん』。
これは『妻は、くノ一』とは対照的なハチャメチャな快作でした。

『曽根崎心中』を書く前の、鳴かず飛ばずの浄瑠璃作家近松門左衛門が主人公。

うだつの上がらない彼が郭(くるわ)で巻き込まれる複雑な事件が、「時代劇」の枠をこともなげに打ち壊して自由奔放に描かれます。近松を演じる松尾スズキが昭和歌謡まで歌う。

松尾スズキが毎日新聞に書いているように、
かつてのNHK時代劇『平賀源内』(1971-72年)を髣髴させるハチャメチャぶりです。
(『平賀源内』好きでした)

役者たちはもちろんいい。

商人平野屋忠衛門を演じる岸部一徳。そのダメ息子徳兵衛を演じる小池徹平。
ま、岸部一徳は何やったって存在感あるから改めてコメントする必要もないのだけれど、
小池徹平が回を追うごとに良くなっていった。
最後の2回は泣かせる。
優香も地味にいい。

そして今日の最終回のどんでん返しのみごとさ。

親不孝になる「不孝糖」というけったいな飴を売る万吉(まんきち)
彼は狂言回しの近松を上回るトリックスターなのですが。

その万吉の正体が最終回で明かされる。
胸を打ちます。

人情ドラマ的な胸の打ち方ではない。
ネタバレ恐れずのわたしですが、
今日ばかりはネタバレしたくない。

人情ドラマは言ってみれば「実(じつ)」です。
ほんとのところは「実」じゃなくて虚構にすぎないのですが、
「これこそが人生の実なんですよ。泣けるでしょう」
とつけ込んでくる「実」。

万吉の正体は「実」ではなく「虚」だ、とだけ書いておきます。
「虚」だからこそわたしは胸を打たれました。

わたしたちは「虚」によって救われることがあるんだ、
としみじみ思いました。

文化は「虚」です。
「虚」だからこそ人を救う。

制作者たちのそういう思いが、おもしろおかしく、しかしひしひしと伝わってきた最終回でした。

掛け値なしの快作。おすすめです。



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